ベストが出ない時に考えること

なぜ私たちはこんなに時間と心を割いて

ベストを出そうと努力するのでしょうか。

私なりの考えを述べてみました。

ベストが出なくて苦しい人へ

何かしらのヒントになれば幸いです。

 

 

なぜ僕たちは泳ぐのか

24.1だった自分のベストが24.0になったところで

別にお金がもらえる訳でもありません。

誰かの役に立つ訳でもありません。

なぜ私たちはベストのために苦しいトレーニングをするのでしょうか。

 

私は確実に進歩した自分に会えるからだと思っています。

水泳はフィギュアスケートのように誰かに評価される競技ではありません。

また,誰かと協力して勝利をつかむ競技でもありません。

タイムが全て。

極めて客観的な評価指標を用いる競技です。

結果は全て自分の責任,言い訳の余地はありません。

 

なので,

0.1秒でも0.01秒でもタイムが縮むことは

誰がなんと言おうと以前の自分よりも進歩した証拠です。

タイムだけで評価することに批判もあると思いますが

私はタイム以外に水泳の実力を評価するものはないと思います。

少しでも成長した自分に会いたい,

その目的のために私は泳いでいます。

 

努力という言葉は曖昧すぎる

ベストが出ない時期が続くと

もんもんと感じることです。

どれだけ泳いでも,どれだけフォームを改善してもタイムがでない。

よく聞く話です。

 

他人にはこんな風に慰められるかもしれません。

「タイムは出なかったけど、トレーニングの中で、努力してきた中で

多くのことを学んだじゃないか。」

確かに努力する中で多くのものを学びます。

しかし、タイムが出ない以上、目標は達成できていません。

積み上げてきた努力が無意味とは言いませんが

少なくとも本人は報われた気持ちにはならないでしょう。

 

ここで少し考え方を変えてみます。

例えばベストが出たとしたら努力が報われたと感じるかもしれませんが

その一方で

もっとタイムが出たのではないか…

と思いませんか?

 

努力とは、とても曖昧で抽象的な概念です。

そして、努力が報われた、報われないという感情は

主観的な判断にすぎないです。

ある人はベストが出たら努力が報われたと感じますが、

ある人はベストが出ても、もっとタイムが出たかもしれないと

努力が報われない印象を受けるかもしれません。

 

努力という言葉の指す意味なんてそんなもんです。

 

レースを分析的に振り返る

ベストが出た,出ないの話も大切ですが

レースがどうだったか

もっと客観的に分析的に振り返るべきです。

努力が報われたとか報われないとか,

そういう次元の話はやめましょう。

 

ベストが出ないのは

レースの分析が不十分で

日々のトレーニングにも改善の余地があるからです。

全て自分の責任です。

才能もキャリアも関係ないです。

(世界レベルの選手になるのであれば才能は必要かもしれませんが)

 

 

ベストを出すために

今までのやり方をもう一度見直しましょう。

どう見直せばいいか分からないのであれば勉強をしましょう。

試行錯誤をしましょう。

ベストを出すということは,そんなに簡単な事ではないと思います。

 

水泳は残酷でシビアなスポーツです。

つくづくそう思います。

しかし、だからこそ面白い!

 

 


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